全国各地の川を旅していると、必ず聞こえてくるのが「昔はもっと沢山の水が流れていた」という地元の方々の言葉である。我々がひと目見て水が少ないと感じる川はもちろんだが、水量が豊富な川だと感じる流域てあっても、実はもっと大量の水が流れていたに違いない。

　陸の交通機関が発達していなかった頃、川によって米や大豆、塩などの食料のほか、ありとあらゆるものが舟運によって運ばれていた。筏を組んでの材木運搬はその顕著な例であり、現在の水量でそれが不可能なことは一目瞭然だ。

　ただし、水が多かった頃を記憶する人が今も健在なのだから、極端に減水したのはわずか数十年前ということになる。もちろんその原因はひとつではないが、主要なものは林野政策による拡大造林、そしてダムにあると想像できるわけだ。

　現在の森林は多くの地域で手入れを放棄した状態にあり、過密状態にあるスギやヒノキなどの人工林が山から水を奪っていることはすでに研究によって明らかになっている。同じ人工林でも間伐などの手入れが行き届いている場合、森からの蒸散量（蒸発量）は適度に抑えられているというが、放置人工林は川へと染み出るはずの水分を蒸発させてしまっているのである。

　一方、ここで紹介した論文が発表されるまで、ダムによる渇水が表立って議論されることはなかった。「ダムができてから水が減った」という話を耳にすることはあったものの、それはダム直下の一部の区間のことだと考えていた人も多い。確かに、ダム直下の流れはどこの川でも渇水状態にある。それは灌漑や発電目的のため一時的に導水管で運ばれ再び下流部に放流されているだけで、渇水区間はダムから放水口までの間のみだと考えられていた。

　ところが森林とダム、双方の水不足量を比較すると、渇水をより深刻にしているのはダムの方だということが、明らかになったといえる。一般的にダムは都市の水瓶と称されてきたはずだが、まったく正反対の影響を下流に与えてきたというわけだ。

　例えば、都民の水瓶といわれてきた多摩川上流の小河内ダム。論文ではこのダムですら平年、渇水年ともに「効果がない」という結論に至っている。しかも同ダムは多目的ダムではなく水道専用ダムである。それが機能していないとなれば、ダムの利水効果はその根本から再検証すべきだということになる。

　また栃木県の五十里ダムも同様に渇水を緩和していないとしている。しかし五十里ダム上流には現在も新たなダム（湯西川ダム）を建設中であり、栃木県はその利水計画に参画し、水利権を取得する予定だ。より上流に位置する関係上、湯西川ダムの集水面積は五十里ダムよりも遙かに小さい。つまり五十里ダムですら機能しないのであれば、湯西川ダムの利水効果はますます期待できないことになる。それでも栃木県は『水が得られない水利権』のためにダム建設費の一部を負担しなければならず、県民が水道料金の値上げという形で支払うことになるのである。

　ダムが水不足を解消することを前提に全国の自治体は水利権を取得し、ダム建設費を支払ってきた。ただしダムが水不足を緩和できないとなれば、自治体が計画に参画する必要性は皆無に等しい。そうした意味でもこの論文を軽視することはできない。いずれにせよ、ダムの必要性を議論する上で重要な意味を持つことは間違いないはずである。

栃木県の鬼怒川水系男鹿川に昭和31年完成の五十里ダム。このダム湖も平年、渇水年ともに渇水を悪化させていた。それでも上流には新たなダム（湯西川ダム）を建設中。五十里ダムよりもさらに効果が低い（渇水を悪化させる）ことは明らかである